富士見市児童・生徒社会科展
最終更新日:2026年10月1日
市内小中学生の夏休みの研究成果
「社会科の研究をガンバッテ取り組んだのに、発表する場がないのが残念」「社会科が好きなので、何か調べてみたい」という声に応えて、平成28年(2016)から資料館で『社会科展』を開催しています。
夏休みに市内小・中学校の子どもたちが取り組んだ社会科に関する研究作品約80点を展示します。
すぐれた研究作品が「教育長賞」などに選ばれます。
作品は、壁面・展示台それぞれ学校順に並べます。
展示作品のページをめくったり、手にとって見る場合は、ていねいに扱ってください。
なお、作品の一部に誤字や誤りを含む場合がありますが、児童・生徒のオリジナリティを優先し、そのまま展示しています。
作品一覧(PDF:879KB)
- 過去の社会科展
- 第10回(2025年) 第9回(2024年) 第8回(2023年) 第7回(2022年) 第6回(2021年) 第5回(2020年) 第4回(2019年) 第3回(2018年) 第2回(2017年)
開催概要
- 日時・会場
- 令和8年10月1日(木曜日)から10月12日(月曜日・祝日)の午前9時から午後5時まで
(注記)10月5日(月曜日)は休館日です
難波田城資料館 特別展示室
- 観覧料
- 無料
受賞作品の紹介
受賞作品を以下に紹介します。なお、同じ賞の中での順番は、富士見市における学校の配列順で、作品の評価とは関わりません。
| 賞 | 作品名 | 学校 | 学年 |
|---|---|---|---|
| 教育長賞 | 遺言書と琵琶湖疎水ってつながるの? ~お母さんの仕事から始まったぼくの調べ学習~ | 鶴瀬小 | 5 |
| 教育長賞 | 富士見市の認知症・MCIに関する取り組み | 富士見台中 | 2 |
| 資料館長賞 | 給食の「ごはん」はどこからくるのか? | 針ケ谷小 | 5 |
| 資料館長賞 | なぜ僕らは働くのか | ふじみ野小 | 6 |
| 校長会賞 | 南総里見八犬伝で見る江戸と令和の「推し活」研究 | 水谷小 | 5 |
| 校長会賞 | 墓誌から始まった戦争への疑問 ~高祖父のフィリピン戦死から過去と現在を考える~ | 本郷中 | 2 |
| 学芸員賞 | 富士見市に刻まれた戦争 | 水谷小 | 6 |
| 学芸員賞 | プロジェクトH | 南畑小 | 6,2 |
| 学芸員賞 | 私達の町を守る。消防水利のひみつ ~町を歩いて、消防署で聞いてみた~ | 関沢小 | 4 |
| 学芸員賞 | おじいちゃんとわたしの遊び年表 | 諏訪小 | 6 |
| 学芸員賞 | 町たんけん!ぼうけん! つるせえき西口と東口のちがい | 諏訪小 | 2 |
| 学芸員賞 | 伝統継承のあたらしいかたち | 針ケ谷小 | 4 |
| 学芸員賞 | お船山の伝説を追え! | ふじみ野小 | 3 |
| 学芸員賞 | 歴史を流れる富士見江川 | 本郷中 | 1 |
| 学芸員賞 | 日本の最先端農業の未来と課題 | 西中 | 1 |
| 学芸員賞 | 刀から生まれた言葉たち | 水谷中 | 2 |
主な入賞作の紹介
教育長賞 (鶴瀬小6年) 「遺言書と琵琶湖疎水ってつながるの? ~お母さんの仕事から始まったぼくの調べ学習~」
遺言書に関わる仕事からノーベルの遺言、そしてダイナマイトを使った工事へと研究テーマをつなげ、琵琶湖疎水についての情報を新聞にまとめました。テーマ決定に至るまでの過程も記録されています。
教育長賞 (富士見台中2年) 「富士見市の認知症・MCIに関する取り組み」
認知症とMCI(軽度認知障害)をとりまく社会の取り組みや考え方をまとめるとともに、富士見市における認知症に対する取り組みとその課題について紹介・考察しました。
資料館長賞 (針ケ谷小5年) 「給食の「ごはん」はどこからくるのか?」
富士見市における米の生産について、市の地形的な特徴と土地利用、生産されている品種、遺跡から出土した資料、近年の米生産をめぐる状況など、幅広い観点から調べました。
資料館長賞 (ふじみ野小6年) 「なぜ僕らは働くのか」
「なぜ僕らは働くのか」という本を読んだことをきっかけに、働くとはどういうことか、どんな仕事に就くべきか、幸せな働き方はどのようなものかなどを考え、身近な人へのインタビューを行いました。
校長会賞 (水谷小5年) 「南総里見八犬伝で見る江戸と令和の「推し活」研究」
南総里見八犬伝について、登場人物や筆者、派生作品などを紹介するとともに、好きなキャラクターや人物を応援する「推し活」について調べ、江戸時代と現代の推し活に共通点を見つけました。

校長会賞 (本郷中2年) 「墓誌から始まった戦争への疑問 ~高祖父のフィリピン戦死から過去と現在を考える~」
曽祖父への聞き取り調査や文献などから、高祖父がどのような人物だったのか、どのような経緯からフィリピンで戦死するに至ったのかを調べ、当時の貴重な写真とともにまとめました。
