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No,1・・・「富士見」の誕生

最終更新日:2019年1月25日

今月から、市の歴史やそれにまつわる逸話・見どころなどを紹介していきます。今回は市名である富士見の名と市章についてです。

富士見市から望む富士山

緑豊かな田園風景とともに、今も美しい富士山を望むことができます

「富士見」はいつから

鶴瀬村行政文書

昭和31年(1956年)、鶴瀬・南畑・水谷3村の合併により「富士見村」が誕生しました。鶴瀬村行政文書の1つには、3村以外に福岡・大井・三芳・柳瀬の4村との協議が行われたなど合併に至るまでのさまざまな記録が残されています。「富士見」の名は、昭和31年9月12日の会議録に初めて登場します。ここで3村での合併の方向性と新村名が議論されました。富士見以外には、城北・三ツ和・入間野・新生・三光などの名が記されています。それから18日後の9月30日、富士見村が誕生しました。村内のどこからでもはるか西方に富士山をのぞむことができることから命名されました。


シンボルマークのいわれ

広報『ふじみ』第28号表紙

市章が制定されたのは、昭和41年(1966年)5月1日のことです(当時は富士見町で町章)。公募を経て、入選した6点の作品の中から図案について専門家の助言を得て決定されました。広報『ふじみ』第28号には、大きく町章が掲載されています。それによると、中央に富士山を配し、周囲の三本の線は合併した旧3か村などを表すものと説明が付されています。

お問い合わせ

生涯学習課 文化財グループ

〒354-0021 埼玉県富士見市大字鶴馬1873-1(中央図書館2階)

電話:049-251-2711(内線637)

ファックス:049-255-9635

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