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難波田城公園で将軍吉宗誕生!? <テレビロケがありました>

難波田城資料館 電話049-253-4664 ファックス049-253-4665

 平成23年12月6日に、難波田城公園でテレビのロケ撮影がありました。
 その様子と放映予定をお知らせします

○ 放映日時

2012年21日(曜日) 午後7時55分~8時54分 TBS系歴史バラエティー「今夜はヒストリー」

○ 撮影内容

 歴史上の大事件が起こったときにテレビがあったらどう伝えられたか? という番組です。
 今回は、江戸幕府8代将軍に、御三家からどのように吉宗が選ばれたかという内容です。
 旧金子家と旧大澤家を江戸城内に見立てて撮影しました。
将軍吉宗選出シーン撮影風景 大奥シーン撮影風景 旧金子家での撮影風景

○ 将軍吉宗と富士見市域

鷹場境界杭(難波田城資料館常設展示)

 徳川吉宗といえば、暴れ…ではなくて「米公方〔こめくぼう〕」というあだ名で有名ですが、「鷹〔たか〕将軍」とも呼ばれました。
 徳川家の将軍は、初代家康から3代家光〔いえみつ〕まで鷹狩りを好み、江戸近郊に将軍専用、その周辺に御三家や有力大名それぞれの鷹場(鷹狩りをしてよい地域)を指定しました。鷹狩りは単なるレジャーではなく、軍事演習や民情視察も兼ねていました。
 5代将軍綱吉〔つなよし〕は「生類憐れみの令〔しょうるいあわれみのれい〕」の一環として鷹狩りを廃止しました。6代家宣〔いえのぶ〕は、就任と同時に生類憐れみの令を廃止しましたが、鷹狩りはそのままでした。
 この鷹狩りを復活させたのが吉宗でした。吉宗は江戸城の周囲5里(現在の23区より少し広い範囲)を将軍家の鷹場とし、実際に多くの鷹狩りを実施しました。鷹狩りの際に地元住民と接したエピソードも多く伝えられ、庶民的な将軍というイメージを形作る一因となりました。
 将軍家の鷹場のまわりには、御三家の鷹場を指定しました。このうち、尾張藩の鷹場は多摩郡から入間郡南部にかけて広がっていました。その北東隅にあたるのが、富士見市域です。鷹場の範囲は、村単位で指定するのではなく、境界を示す八十数本の杭を直線的に結んだ範囲とされました。境杭のうち3本は、富士見市域の勝瀬、東大久保、南畑新田にありました。当初は木の杭でしたが、のちに石杭に替えられました。難波田城資料館には実物の杭が1本保管され、そのレプリカを展示しています。
 尾張藩は鷹狩りの拠点施設として数カ所の御殿や陣屋を設けました。そのうち一つの陣屋が富士見市域(初めは鶴馬村、のちに水子村)にありました。実際に尾張藩主も訪れました。
 鷹場では、狩りの対象となる鳥がすみやすいように、カカシが禁止されたり建物の建築に許可が必要だったりと、多くの規制や負担がありました。本来の領主(川越藩や幕府)からの支配に加わる二重支配を受けていたのです。


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